「気をつけなくてはならないが、カーニバルやパーティーの媒体となる「ハーメルンの笛」は「革命」や「運動」のためのプロパガンダの道具や拡声器ではない。笛や拍子にノッて、人が踊ること、我を忘れて陶酔することのなかに、システムから降りる、「世間」から離脱するヴァイブスとグルーヴがある。次の社会、未来の制度を準備するイデオロギーや主義、政策ではなく、拍子(ビート)と舞(ダンス)のなかに宿る精神、あるいは情動こそ、本当に権力が恐れる非暴力、暴力よりもねばり強い非暴力のコアなのではないか」(上野俊哉『思想の不良たち』)