「目のあらい簾が、入口にぶらさげてあるので、往来の容子は仕事場にいても、よく見えた。清水へ通う往来は、さっきから、人通りが絶えない。金鼓をかけた法師が通る。壺装束をした女が通る。その後からは、めずらしく、黄牛に曳かせた網代車が通った。それが皆、疎な蒲の簾の目を、右からも左からも、来たかと思うと、通りぬけてしまう。その中で変らないのは、午後の日が暖かに春を炙っている、狭い往来の土の色ばかりである。」(芥川龍之介『運』)
「人間は、時として、充されるか充されないか、わからない欲望の為に、一生を捧げてしまふ。その愚を哂ふ者は、畢竟、人生に対する路傍の人に過ぎない。」(芥川龍之介『芋粥』)
「僕は今最も不幸な幸福の中に暮らしてゐる。しかし不思議にも後悔してゐない。唯僕の如き悪夫、悪子、悪親を持つたものたちを如何にも気の毒に感じてゐる。ではさやうなら。僕はこの原稿の中では少くとも意識的には自己弁護をしなかつたつもりだ。最後に僕のこの原稿を特に君に托するのは君の恐らくは誰よりも僕を知つてゐると思ふからだ。(都会人と云ふ僕の皮を剥ぎさへすれば)どうかこの原稿の中に僕の阿呆さ加減を笑つてくれ給へ。」(芥川龍之介『或阿呆の一生』)
「ごく少数の人間にしか聞かれなくても、自分には聞こえる自分自身の声がある。」(グリール・マーカス)
「兄はこう言った。『小説を、くだらないとは思わぬ。おれには、ただ少しまだるっこいだけである。たった一行の真実を言いたいばかりに百頁の雰囲気をこしらえている。』私は言い憎そうに、考え考えしながら答えた。『ほんとうに、言葉は短いほどよい。それだけで、信じさせることができるならば』」(太宰治『葉』)
「庄兵衞は只漠然と、人の一生といふやうな事を思つて見た。人は身に病があると、此病がなかつたらと思ふ。其日其日の食がないと、食つて行かれたらと思ふ。萬一の時に備へる蓄がないと、少しでも蓄があつたらと思ふ。蓄があつても、又其蓄がもつと多かつたらと思ふ。此の如くに先から先へと考へて見れば、人はどこまで往つて踏み止まることが出來るものやら分からない。それを今目の前で踏み止まつて見せてくれるのが此喜助だと、庄兵衞は氣が附いた。」(森鴎外『高瀬舟』)
「病む妻や とどこおる雲 鬼すすき。」(太宰治『葉』)
「私は、自身の感覚をいつわることができません。くだらないのです。いまさら、あなたに、なんにも言いたくないのです。激情の極には、人は、どんな表情をするでしょう。無表情。私は微笑の能面になりました。いいえ、残忍のみみずくになりました。こわいことなんかない。私も、やっと世の中を知った、というだけのことなのです。」(太宰治「『晩年』について」)
「全く全くこの公園林の杉の黒い立派な緑、さはやかな匂ひ、夏のすゞしい陰、月光色の芝生がこれから何千人の人たちに本当のさいはひが何だかを教へるか数へられませんでした。そして林は虔十の居た時の通り雨が降ってはすき徹る冷たい雫をみじかい草にポタリポタリと落しお日さまが輝いては新らしい奇麗な空気をさはやかにはき出すのでした。」(宮沢賢治『虔十公園林』)
「自分には死の恐怖が無いと同時に『死の憧憬』も無い。死を恐れもせず、死にあこがれもせずに、自分は人生の下り坂を下って行く。」(森鴎外『妄想』)
「憐みの声である。そして自然の銘のある、輝く銀の、大きな杯を、第八の娘の前に出した。第八の娘の、今まで結んでいた唇が、この時始めて開かれた。『mon.verre.nest.pas.grand.mais.je.bois.dans.mon.verre。』沈んだ、しかも鋭い声であった。『わたくしの杯は大きくはございません。それでもわたくしはわたくしの杯で戴きます。』と云ったのである。」(森鴎外『杯』)
「それでも神経の平穏な時は故郷の家の様子が俤に立って来るに過ぎない。その幻を見ながら寝入る。ノスタルジアは人生の苦痛の余り深いものではない。」(森鴎外『妄想』)
「室を埋むる湯煙は、埋めつくしたる後から、絶えず湧き上がる。春の夜の灯を半透明に崩し拡げて、部屋一面の虹霓の世界が濃かに揺れるなかに、朦朧と、黒きかとも思わるるほどの髪を暈して、真白な姿が雲の底から次第に浮き上がって来る。その輪廓を見よ。」(夏目漱石『草枕』)
「生温い磯から、塩気のある春風がふわりふわりと来て、親方の暖簾を眠たそうに煽る。 身を斜にしてその下をくぐり抜ける燕の姿が、ひらりと、鏡の裡に落ちて行く。 向うの家では六十ばかりの爺さんが、軒下に蹲踞まりながら、だまって貝をむいている。 かちゃりと、小刀があたるたびに、赤い味が笊のなかに隠れる。殻はきらりと光りを放って、二尺あまりの陽炎を向へ横切る。 丘のごとくに堆かく、積み上げられた、貝殻は牡蠣か、馬鹿か、馬刀貝か。 崩れた、幾分は砂川の底に落ちて、浮世の表から、暗らい国へ葬られる。 葬られるあとから、すぐ新しい貝が、柳の下へたまる。 爺さんは貝の行末を考うる暇さえなく、ただ空しき殻を陽炎の上へ放り出す。 彼れの笊には支うべき底なくして、彼れの春の日は無尽蔵に長閑かと見える。」(夏目漱石『草枕』)
「 不愉快に充ちた人生をとぼとぼ辿りつつある私は、自分のいつか一度到着しなければならない死という境地について常に考えている。そうしてその死というものを生よりは楽なものだとばかり信じている。」(夏目漱石『硝子戸の中』)
「世の中で一番たっといもの、それが虚無である。文学は社会を指導するものではない。人間性をみちびくものである。どこへ? 茫々たる虚無へ。」(梅崎春夫『日記 昭和十一年十月二十三日』)
「あしたに死し、ゆふべに生るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。知らず、生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る。又知らず、かりのやどり、誰が爲に心を惱まし、何によりてか目をよろこばしむる。そのあるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはゞ朝顏の露にことならず。或は露おちて花のこれり。のこるといへども朝日に枯れぬ。或は花はしぼみて、露なほ消えず。消えずといへども、ゆふべを待つことなし。」(鴨長明『方丈記』)
「所詮我々は自分で夢の間に製造した爆裂弾を、思い思いに抱きながら、一人残らず、死という遠い所へ、談笑しつつ歩いて行くのではなかろうか。」(夏目漱石『硝子戸の中』)
「硝子戸の中から外を見渡すと、霜徐をした芭蕉だの、赤い実の梅もどきの枝だの、無遠慮に直立した電信柱だのがすぐ眼に着くが、その他にこれといって数え立てるほどのものは殆ど視線に入って来ない。書斎にいる私の眼界は極めて単調でそうしてまた極めて狭いのである。」(夏目漱石『硝子戸の中』)
「人生幻化に似たり、終に当に空無に帰すべし」(陶淵明)
「たしかに兵営には空気がないのだ、それは強力な力によってとりさられている、いやそれは真空管というよりも、むしろ真空管をこさえあげるところだ。真空地帯だ。ひとはそのなかで、ある一定の自然と社会とをうばいとられて、ついには兵隊になる。」(『真空地帯』野間宏)
「草もなく木もなく実りもなく吹きすさぶ雪風が荒涼として吹き過ぎる。はるか高い丘の辺りは雲にかくれた黒い日に焦げ、暗く輝く地平線をつけた大地のところどころに黒い漏斗形の穴がぽつりぽつりと開いている。その穴の口の辺りは生命の過度に充ちた唇のような光沢を放ち堆い土饅頭の真中に開いているその穴が、繰り返される、鈍重で淫らな触感を待ち受けて、まるで軟体動物に属する生きもののように幾つも大地に口を開けている。そこには股のない、性器ばかりの不思議な女の体が幾重にも埋めこまれていると思える。どういうわけでブリューゲルの絵には、大地にこのような悩みと痛みと疼きを感じ、その悩みと痛みと疼きによってのみ生存を主張しているかのような黒い円い穴が開いているのであろうか。遠景の、羞恥心のない女の背のようなくぼみのある丘には、破れて垂れさがる傘をもった背の高い毒茸のような首吊台がにょきにょき生えている。そして長い頸と足をもった醜い首吊人がひょろ高い木の枝にぶらさがり、長く伸びた爪先がひらひら地の上に揺れている。その傍には、同じように背の高い体の透いて骨の見える人々が長い列をつくって、首を吊ろうと自分の順番を待っている。痙攣した神経をあらわに見せる磯巾着の汚れた頭のように、何か腐敗した匂いを放って揺れている叢。」 (『暗い絵』野間宏)
http://kuuhakusha.blogspot.jp/ に作品の一部をUPしました。